最近、大の将棋ファンだという人生の先輩、Oさんと食事する機会があった。最近、関心があることは何かというテーマになったとき、彼は「一連の将棋界の騒動(=三浦九段という棋士が、休憩室でスマートフォンを使い、将棋ソフトで最善手を調べていたのではないかという疑惑。調査の結果、シロとの結論が出された)が気になる」という。この話、日本将棋連盟の谷川浩司理事長が辞任表明する事態に発展したので、ニュースなどを目にした人も多いと思う。
一連の騒ぎは、昨年秋、渡辺明・竜王が指摘して火が付いた。竜王は、名人とならぶ将棋界の最高位のタイトルと位置付けられており、読売新聞社がスポンサーになっている。毎年、タイトルを目指して多くの棋士が予選を戦い、タイトル保持者と戦う。昨年は、渡辺竜王に三浦九段が挑戦することなっていたが、渡辺竜王の指摘で将棋連盟が動き、挑戦者が丸山九段に差し替わった経緯がある(すでに7番勝負が終了しており、4-3で渡辺竜王が防衛した)。
Oさんが気になるというのは、この疑惑そのものではない。一連の騒動をきっかけに、読売新聞社が竜王戦のスポンサーから降りることにならないかと心配しているとのことだった。将棋連盟によると、竜王戦のタイトル料は、将棋界で最高の4320万円。七番勝負に敗れても1590万円を受け取れる。6組まである予選の優勝者らにも賞金が支払われるほか、予選で敗れた棋士にも対局料が払われるため、読売新聞の負担は数億円にはなると思われる。Oさんは「それだけのお金を出す価値が、読売新聞側にあるのだろうか」と言うのだ。
現在の将棋界は、収入の大半を新聞社からのスポンサー料に頼っていると思われる。竜王戦以外の主要棋戦のスポンサーは
- 名人戦(朝日新聞・毎日新聞)
- 王位戦(北海道・中日・西日本・神戸・東京・徳島の各新聞)
- 王座戦(日本経済新聞)
- 棋王戦(共同通信)
- 王将戦(スポーツニッポン、毎日新聞)
- 棋聖戦(産経新聞)
このほか、ドワンゴがスポンサーを務める叡王戦、マイナビがスポンサーを務めるマイナビ女子オープンなどもあるが、将棋界の7大タイトル戦は、新聞社・通信社によって支えられている構図だ。
将棋連盟のHPに、2016年度(平成28年4月~平成29年3月末)の収支予算書がアップされていたので、主要項目を抜き出してみる。数字は予算額である。
- 経常収益:25億9541万円
これが全体の収入である。内訳を見てみると、
- 棋戦契約金:17億9500万円(全体の69%)
- その他契約金:2億4100万円
- 普及収益:3億7300万円(道場収益など)
- 免状収益:1億円(段位の認定証を発行してお金をもらう)
約7割が棋戦契約料ということで、この大半が新聞業界から拠出されているとみられる(各棋戦の契約金は明示されていないが、ドワンゴの叡王戦については、1億2500万円との記述がある)。これに対し、経常費用(支出)の多くは人件費だ。
- 対局料:9億6900万円(対局する棋士への支払い)
- 諸謝金:3億9400万円(何のことかよく分からず。普及活動に参加する棋士への支払いか?)
- 賞金:2億7500万円(棋戦などで優勝した棋士らへの支払い)
- 給与手当:2億5100万円(将棋連盟の職員の給与か)
- 役員報酬:3800万円(理事長など連盟幹部への支払い)
部数・広告収入ともに現象が続く新聞業界が斜陽産業であることは間違いない。その新聞業界に支えられる将棋界も、斜陽産業と言わざるを得ない。Oさんの言葉を借りれば、「老老介護」同然の関係だ。新聞社の苦境が続けば、遠からず、棋戦契約を見直さざるを得ない時期が来る。
Oさんほどではないが、私も将棋が好きである。いまは亡き父と、よく指したものだ。今回の騒動をきっかけに、将棋界が衰退しないことを願うばかりだ。