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斜陽産業からの脱出に成功した友人・知人たちを紹介したい。何人かいるのでシリーズ化できればと思っている。1回目は、大手スーパー勤務からバーの経営者兼マスターに転じたNさんの話を書いてみたい。

Nさんと知り合ったのは、彼がスーパーを辞める直前のことだった。彼が働いていた会社は、知名度もあり、かつては経営もそこそこうまくいっていた。本社勤務が長かったようだから、社内では出世コースに乗っていたのだと思う。だが、スーパー業界は全体的に下り坂に入っていた。コンビニの店舗数が増え続け、インターネット産業も盛んになる一方。会社が勢いを失いつつあるということを、社の中枢に近い場所にいたNさんは敏感に感じ取ったのだろう。私から見れば唐突に、彼は会社を辞めた。まだそれほど親しくなかったから、退職後の身の振り方については、聞くチャンスがなかった。

しばらくして、1枚のはがきが届いた。曰く、「バーを開きました。初回来店時は10%引き」とのことだった。東京都内のある駅からほど近い雑居ビルの2階に構えた彼の店を訪れると、満面の笑みで迎えてくれた。「なんで会社辞めたの?」と聞くと、「昔からシングルモルトウイスキーが好きだったんですよ。会社も傾いてきたし、いい機会だと思って」とのこと。詳しくは聞いてないが、スーパー業界にいたから、飲み物や食べ物の流通には詳しかったのではないか。会社員生活で得た知識と、個人的な趣味を生かし、第2の人生をスタートさせたというわけだ。

彼の店の棚には、びっしりとウイスキーの瓶が並んでいた。スコットランドやアイルランドのものが多い。カウンターに10席ほどの小さな店だが、店内に設けられた階段を上がると、屋根裏のようなスペースに出る。そこにソファが置かれ、隠れ家のようになっていた。そこから、彼がウイスキーの水割りを作っている姿を見下ろすことができる。居心地が良く、すっかり気に入った私は、ちょくちょくNさんの店に通っている。みんなに教えたいような、秘密にしておきたいような、そんな店である。

バーの経営を軌道に載せたNさん。何年かして2店目を出した。斜陽産業からの脱出は、大成功だったようだ。ただ、大好きだったバー巡りはできなくなった。毎日、夕方から終電後まで店を開けているためだ。「体はきついですが、楽しいですよ」と、いつも最高の笑顔で迎えてくれる。そんな彼の店に、末永く通いたい。

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  • 斜陽産業からの脱出(3)~転勤が多かった新聞記者の場合~
  • 斜陽産業からの脱出(2)~女装コンテスト優勝経験を持つ銀行員の場合~
  • 斜陽産業からの脱出(1)~大手スーパー社員の場合~
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